初めての「らんま」

20代のころに彫刻では「飯が食えない」ので、習得した伝統欄間の技術で生まれてはじめて彫った仏間の「透かしらんま」です。当時の二科会会員の先生から勧められたのですが、そのおかげで作品制作が続けられました。やがて時代の変化にともない市場から消えて「飯の種」が無くなり、また、また「元の木阿弥」になりました(^^)。高価な薩摩杉とか神代杉を技術不足で台無しにしたり、屋外で刃物を研ぎながら気がつくと指先も砥いでいたり、鮮血で真っ赤に染まった砥石を思い出します。、、が、今、こうしてノミやらカンナが使えるのもそのお陰です。師匠のお墓参りもできないまま、あれから、、もうずいぶんと歳月が過ぎ時代も豊かになりました、、、、。

いはらよしただ

 

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